不安になると、人はまず商品を探します。
肩が痛ければサプリを探し、老後が心配なら本を買い、体力が落ちればジムに入る。悪いことではありません。ただ、それで解決する不安と、解決しない不安があります。
医療費への不安も、同じ動き方をしがちです。「もし大きな病気になったら」と思った瞬間、CMで見た商品や、保険ショップですすめられたプランを探し始める。雇う側として20年、人の家計の相談を受けてきましたが、この動き方をする人の大半は、一つ工程を飛ばしています。商品を探す前に、今すでに何が備わっているかを確認する工程です。
これは、保険に入るなという話ではありません。探す前に、見る。この順序の話です。
経営でも、リスクは商品から埋めない
経営の現場で、リスクへの向き合い方を何度も見てきました。売上が落ちるかもしれない、取引先が倒れるかもしれない、事故が起きるかもしれない。そういう不安に対して、経営のリスク管理では本来まず今ある備えを洗い出す、という順番を取ります。自己資本はいくらあるか。既存の契約に、どこまでリスクを吸収する条項が入っているか。取引先との関係で、すでにカバーされている部分はどこか。それを一枚の紙に並べてから、初めて「足りない部分はどこか」が見えます。商品は、その足りない部分にだけ当てる道具です。
この順番を踏まずに、不安が先に立って保険や対策を買い足すと、すでにある備えと保険が重なって無駄なコストを払い続けるか、逆に本当に危ない部分を見落としたまま安心してしまうか、どちらかが起きます。
家計の医療保険も、まったく同じ構造です。
「医療費が不安だから保険」——順番が逆になっている
医療費が高額になり得ること自体は事実です。手術や長期入院になれば、窓口での支払いは一時的にまとまった額になります。この不安に反応すること自体は、間違っていません。
ただ、多くの人はここで、経営のリスク管理では避けたい順番を踏みます。今すでにある備えを確認する前に、商品を探し始めるのです。
家計における「今すでにある備え」の一つが、公的医療保険にすでに組み込まれた仕組みです。厚生労働省の説明によれば、医療機関の窓口で支払う自己負担額には、ひと月単位で上限が設けられており、その上限は年齢や所得の区分によって変わります。同じ世帯であれば複数人分の負担を1か月単位で合算できる仕組みや、上限に何度も達した場合はその後の上限がさらに下がる仕組みもあります。
具体的な円建ての金額は、区分や制度見直しの議論によって幅があるため、ここでは踏み込みません。大事なのは金額そのものではなく、「すでに一定の備えが、商品を買う前から存在している」という事実です。経営でいう「自己資本」や「既存契約の条項」に当たる部分が、家計にもすでにある。それを知らずに商品を探すのは、自己資本を確認せずに追加融資の相談に行くようなものです。
商品から入ると、何が起きるか
順番を間違えたまま商品を選ぶと、方向は逆でも、原因は同じ二つの症状が出ます。
一つは、すでにある備えの上に、さらに備えを重ねることです。上限を知らないまま「心配だから」と保障を積み増すと、すでにカバーされている部分に保険料を払い続けることになります。月々数千円から数万円の重複に、本人が気づいていないケースを何度も見てきました。
もう一つは、逆に本当に必要な部分を見落とすことです。公的な仕組みがカバーするのは、あくまで医療費の自己負担部分です。療養中に働けないことで生じる収入の減少や、長期療養時の生活費は対象外です。「医療費は何とかなる」で思考を止めてしまい、本来検討すべき収入減少への備えが手つかずのまま残る。
相談窓口の側にも、順番の問題があります。保険ショップやFPの相談は、商品比較から話が始まることが少なくありません。相談員の収益源は販売手数料であり、悪意ではなく、単に話す順序に「今の備えの確認」が組み込まれていない、という構造です。だから、別の窓口を探す必要はありません。足りないのは窓口の種類ではなく、こちらが持っていく順番です。同じ相談員でも、こちらが先に目的を伝えれば、話す順序は変えられます。
過剰と見落とし。症状は正反対ですが、原因は一つです。商品から入り、構造を見ていない。
判断基準は「商品」ではなく「順番」
ここまでの話を、判断基準として一文にまとめます。
医療保険を検討する前に、今すでにある備えを確認する。そのうえで、埋まっていない部分にだけ商品を当てる。
経営のリスク管理と同じ順番です。自己資本(=公的な備え)を先に把握し、その上でカバーしきれないリスク(=収入減少や長期療養時の生活費)にだけ、外部の商品(=民間の医療保険)を当てる。商品を先に選んで、後から備えとの重複を確認するのは、順番として避けたいやり方です。
この順番さえ通っていれば、結論として保険に入ることになっても、それは間違いではありません。問題にしているのは結論ではなく、そこに至る前に構造を見たかどうかです。
自分の場合はどうか
ここまで読んで、「では自分にはどこまで備えがあり、どこが足りないのか」と思われたはずです。ここが、この記事だけでは答えが出ない部分です。
公的な備えは、性質の異なる二つを分けて見る必要があります。一つは医療費そのものの自己負担上限で、これは高額療養費制度にあたり、年齢や所得の区分によって上限が変わります。もう一つは、療養中に働けなくなったときの収入への備えで、こちらは会社員か自営業かによって、公的な保障の有無や手厚さが変わります(会社員は傷病手当金など、給与に連動した公的な仕組みが用意されている場合がありますが、自営業ではその仕組み自体がないのが一般的です)。今すでに入っている保険が、この二つのどちらと重なっているのか、あるいはどちらの不足を埋めているのかは、証券を1枚ずつ突き合わせないと分かりません。
つまり必要なのは、新しい商品の提案ではなく、今の備えと今の保険を、自分で並べて突き合わせる作業です。ただし、それを一人でやりきるのは現実的ではありません。
次にやるべきは、商品選びではなく棚卸し
新しい保険商品を探すことは、次にやることではありません。「今すでにある備えと、今の保険の過不足を先に整理したい」という自分の目的を持って、保険の加入・見直しを扱うFPに相談することです。相談先は「保険の相談窓口」であって「公的保障の専門窓口」ではないので、公的な備えそのものの説明を丸ごと期待するのではなく、自分の目的を先に伝えたうえで、今の保険との重なりを一緒に確認してもらう、という使い方になります。
順序はこうなります。
- 自分の公的な備えが、どこまでをカバーしているかを確認する
- 今の保険が、その備えと重なっている部分・埋めている部分を整理する
- 重なっている部分は見直し、足りない部分だけを補う
これは、自分一人で完結させにくい作業です。公的な仕組みと、数百種類ある保険商品の両方を理解した上で、家計全体を見る視点が要るからです。
なお、保険を最適化した先で資産形成にどうつなげるかは、50代の保険見直しは、資産形成の代わりにならないに書きました。順序としては、今回書いた「構造を先に見る」がまず先、そのうえでの「保険の最適化と資産形成への振り替え」が次の一手になります。
まとめ:探す前に、見る
不安になると商品を探す。この動き方自体は、誰にでも起きる自然な反応です。ただ、その手前に「今すでにある備えを確認する」という工程が抜けていると、重複か見落としのどちらかが起きます。
経営がリスクに向き合う順番と、家計が医療費の不安に向き合う順番は、同じです。今すでにある備えを確認し、今の保険との重複・過不足を洗い出し、足りない部分だけを商品で埋める。この3ステップを自分一人で行うのは、現実的ではありません。「商品を選ぶ前に、今の備えとの過不足を整理したい」という目的を持って、保険の加入・見直しの相談に持っていくのが、合理的な選択です。
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商品を選ぶ前に、まず今の備えを整理したい方へ
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