老後資金の総額を出しても、いつ苦しくなるかは見えない|50代は谷で見る

年金・老後資金

「老後資金は、いくら必要か」。一度は調べたことがあると思います。そして出てきた数字を見て、そのまま画面を閉じた。

総額を出すこと自体は、無駄ではありません。老後全体でどのくらいの規模が要るのかは、総額でしか見えないからです。

ただ、総額だけを精密にしても、何歳のときに資金が薄くなるのかは出てきません。収入が下がる時期と、支出が増える時期が、どこで重なるのかも見えない。

規模を知りたいのか、いつ苦しくなるかを知りたいのか。判断したいことが違えば、見る数字の形も変わります。

なぜ、総額から考えることになるのか

総額から入るという順番は、情報の出され方そのものに沿っています。

老後資金について発信されている記事の多くは、同じ形をしています。夫婦で老後に必要な生活費の目安を示し、そこから公的年金で足りない分を出し、必要総額を提示する。そして「毎月いくら積み立てれば届くか」へ進みます。

金融機関や保険会社のコラムを何本か開けば、ほぼこの構造で書かれています。国の議論として広く報じられた「老後に2,000万円」という数字も、総額で語られました。総額から入るのは、そう説明され続けてきた結果です。規模を伝える数字としては、それで足ります。

そして、この考え方が間違っているわけでもありません。積立の期間が20年、30年と長く取れる世代であれば、総額から毎月額へ割り戻す設計は素直に機能します。時間が、見込み違いを吸収してくれるからです。

問題は、その前提が50代では成り立ちにくくなることのほうにあります。

総額で分かること、分からないこと

総額は、老後全体の規模を見るのに向いています。ただ、50代が次の一手を決めようとすると、三つの場所で行動に変換しにくくなります。

前提が一つ変わるだけで、総額は動く

老後資金の総額は、いくつかの前提を置いて初めて出てきます。何歳まで働くか。年金がいくら出るか。持ち家か賃貸か。配偶者の年金はどうか。

このうち一つを変えるだけで、答えは大きく振れます。65歳で完全に仕事を終えるのか、70歳まで細く続けるのか。それだけで、必要額は変わってしまいます。

そして50代は、その前提のほとんどがまだ確定していない年代です。そこから出した総額は、精度の高い目標にはなりません。残るのは数字の大きさだけです。

総額は「今月やること」に変換できない

仮に総額が出たとします。では、その数字を持って明日から何をしますか。ここで多くの場合、答えが止まります。

3,000万円という数字は、行動の単位ではありません。行動になるのは「来月から積立額を1万円増やす」「65歳以降の医療費用に別枠を作る」のような、時期と金額がセットになった単位です。

総額は、この単位に自動では分解されません。分解の手前で止まるので、「調べた」という感覚だけが残ります。

一つの数字にすると、時期の段差が見えにくくなる

総額は、これから20〜30年ぶんの過不足を一本の数字に平らにならす計算です。

ならしてしまうと、足りない時期と、足りている時期の区別が見えにくくなります。総額としては足りていても、ある5年間だけ大きく不足している、ということが起こり得ます。逆に、総額では不足していても、不足が出るのは20年先で、それまでに手当てする時間がある場合もあります。

同じ「不足」でも、来年から始まるのか、20年後に始まるのかで、打つ手はまったく別です。総額だけを見ていると、この違いが分かりません。

50代のお金は、段差の連続で動く

では、何を見るのか。50代以降の収入と支出は、なだらかに減っていくのではなく、段差で変わります。

多くの人に共通する段差は、だいたいこの並びです。現役の給与がある時期。退職や再雇用、あるいは事業の縮小で収入が下がる時期。年金の受け取りが始まる時期。そして、医療や介護の支出が増えていく時期。

支出の側にも段差があります。住宅ローンの完済。子どもの学費が終わるタイミング。親の介護が始まるかもしれない時期。上がる段差と下がる段差が、別々の年に来ます。

段差の位置は、自分で選べる部分がある

段差のうち、時期を動かせるものもあります。年金がその一つです。

老齢年金は原則65歳から受け取れますが、希望すれば60歳から65歳になるまでの間に繰り上げることができます。逆に、66歳以後75歳までの間に繰り下げることもできます(日本年金機構)。

繰り上げれば減額され、繰り下げれば増額されます。そしてその率は、一度決まると一生変わりません。

増減率そのものより、「年金の開始時期は、谷の位置を動かせるレバーの一つだ」という理解のほうが重要です。どの段差を、どちらへどれだけ動かすか。それを判断するには、段差が今どこに並んでいるかが見えている必要があります。

経営でも、知りたいことで見る数字が変わる

事業の資金でも、「この会社にはトータルでいくら必要か」という問いだけでは足りません。資金が細る時期を知りたいときに見るのは、月ごと、あるいは四半期ごとの資金繰りです。

いつ入金が細り、いつ支払いが重なるか。資金が薄くなる月がどこかを先に特定して、そこへ手当てを寄せます。総額を出しても、資金がショートする月は救えないからです。

50代からの家計は、この見方に近づいていきます。収入が段階的に変わり、支出の山が別の時期に来るからです。

老後資金は、三つを並べて設計する

総額とは別に、並べるものが三つあります。この三つが揃うと、一つの大きな数字が、時期ごとの小さな数字に分かれます。

1. 収入と支出が変わる時期を書き出す

先ほど挙げた段差を、自分の年齢に当てはめて1枚に並べます。何歳で退職するのか。再雇用はいつまでか。ローンはいつ終わるのか。

このとき、金額の精度は後回しで構いません。先に必要なのは「何歳のときに、何が変わるか」の並び順です。分からない欄は「未定」のまま置いておけば、その未定が、あとで確認すべき項目になります。

2. 年金の見込額を、公的な記録で確認する

年表の中で、推測で埋めてはいけない欄が一つあります。年金です。ここは公的な記録に基づく見込額を使うべきで、推測では代用できません。

日本年金機構は毎年、誕生月にねんきん定期便を送っています。記載内容は年齢で分かれています。50歳以上の方には「老齢年金の種類と見込額」が、50歳未満の方には「これまでの加入実績に応じた年金額」が記載されます。

つまり50代は、見込額として読める数字が、すでに手元へ届いている年代です。ただし50代の多くはハガキで届くため(59歳は封書)、中身が見込額だと分からないまま、他の通知に紛れてしまうことがあります。

ここでは「推測の年金額の上に総額を積み上げない」という一点だけ押さえてください。なお定期便に載るのは現時点の記録に基づく見込額で、受給時の額が確定しているわけではありません。

3. 不足を「いつ・何年間・月いくら」で見る

総額で規模を押さえたうえで、不足を谷として見ます。

見るのは三つの数字です。いつから始まるのか。何年間続くのか。その間、月いくら足りないのか。

例えば「62歳から65歳までの3年間、月5万円不足」という形で出れば、必要なのは180万円だと分かります。同時に、その180万円をいつまでに用意すればいいかも決まります。

これは総額と何が違うのか。総額は「あと3,000万円」という規模を教えてくれます。谷は「いつ・何年・月いくら」の形をしているので、そのまま行動の単位になります。どちらも要る数字で、教えてくれるものが違います。

手当ての方法も選べるようになります。谷の手前まで働く期間を延ばす、年金の開始時期を動かす、その時期に取り崩す枠を先に決めておく。どれを選ぶかは、谷の位置が見えて初めて比べられます。

自分の場合、谷はどこに来そうか

ここで一度、自分に当てはめてみてください。次の四つに、いま答えられますか。

  • 収入が最初に変わるのは、何歳のときですか
  • 年金の見込額を、公的な記録の数字として言えますか
  • 支出が増える時期は、どのあたりに来そうですか
  • 収入が下がってから年金が始まるまで、何年ありますか

四つ目に詰まる方もいると思います。ここが、総額だけでは見えにくくなる場所だからです。

答えが出てこなくても、それは調べ方が足りなかったという話ではありません。この四つは、自分の勤務先の条件と、自分の年金記録と、自分の家族の事情を並べないと出てこない数字です。一般向けの記事や試算ツールでは、答えが出にくい範囲です。

総額から入って止まったのは、情報が総額の形で提供されてきたからでもあります。

そのうえで、年表を並べることはこちら側で動かせる部分です。止まっていたのは、金額の大きさだけではありません。問いの立て方も、動かせる場所の一つでした。そう置き直せると、次にやることが見えてきます。

次にやること——1枚の年表を持って座る

順番としては、こうなります。

1. 年金の見込額を、公的な記録で押さえる(ねんきん定期便、またはねんきんネット)

2. 収入と支出が変わる時期を、1枚の年表に書き出す(未定の欄は未定のまま残す)

3. その1枚を持って、見通しを専門家と一度突き合わせる

3番目を入れているのは、年表が自分だけでは埋め切れないからです。受け取り開始をずらしたときの影響、退職金の受け取り方、その時期の税や社会保険料。この三つは、個人の条件によって答えが変わります。

そして年表を持って行くと、相談の中身が変わります。手ぶらで「老後資金はいくら必要ですか」と聞けば、返ってくるのは一般的な目安です。年表を出せば、話は自分の数字の上で進みます。

同じ1時間から何を持ち帰るかについては、お金の無料相談は「もらう場」ではない|50代が座る前に決めることに書きました。この年表は、そこで挙げた「持ち込むもの」の中身です。

年表のうち退職金という一つの段差だけは、受け取り方で手取りが変わるため、単独で扱う必要があります。そちらは退職金を受け取る前に、50代が避けたいお金の判断で扱っています。

まとめ:規模は総額で、谷は時期で見る

総額は、老後全体でどのくらいの規模が要るのかを教えてくれます。ただ、そこから先は動き出しません。前提が固まっていない50代では総額が大きく振れますし、一本の数字にならすと、足りない時期と足りている時期の区別が見えにくくなるからです。

谷を見ると、いつから、何年間、月いくら足りないのかが出ます。その形になった数字は、そのまま今月の判断に使えます。

規模を知りたいなら総額、どこで苦しくなるかを知りたいなら時期。50代の老後資金では、後者が先に要る場面が多いと考えています。

同じ位置にいる方の、次の一手の参考になれば幸いです。

次に読む——年金の見込額と、支出の内訳

ここから先は、年表の欄を実際に埋める作業になります。姉妹サイト「50代のお金の相談ガイド」に、埋め方を扱った記事があります。

定期便のどこを見れば見込額が分かるのかを、順に整理した記事です。

谷の深さは支出側で決まります。「老後の生活費」を費目に分けて見る記事です。

相談窓口を、報酬がどこから発生するかで4つに分けた記事です。

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