50代で「資格 取得 後悔」と検索した人へ。チケットを武器と勘違いした話

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「あの資格、取らなければよかった」
「取ったのに、何も変わらなかった」

50代になって、資格 取得 後悔 で検索する人は、たぶん同じ感覚にたどり着いています。
時間を使った。お金も使った。手元には合格証が一枚ある。
ただ、何かが動いた実感はない。

私は20年以上、自営業をやってきました。
雇う側にも回ってきましたし、経営の現場で人を採用する判断をしてきた立場でもあります。
その立場から書きます。
資格は武器ではなく、チケットでした
そして50代でこのことに気づくと、後悔の方向そのものが変わります。


「資格 取得 後悔」の本当の中身は、資格そのものじゃない

資格を取って後悔している人と話すと、後悔の中身は2種類に分かれます。

ひとつは、「取ったけど使えなかった」。
もうひとつは、「取るのに使った時間とお金が、もったいなかった」。

どちらも本当の話だと思います。
ただ、雇う側に立っていた経験から正直に言うと、後悔の原因は資格そのものではありません。
資格を「武器」だと思って取ったこと、ここに原因があります。

雇う側から見て、資格は応募できる条件のひとつでしかありません。
持っているなら最低限の勉強はしているだろう、という確認材料。
それ以上ではないし、それ以下でもない。

だから「資格があるから採用する」とはなりません。
資格があっても、そこから先の判断材料が薄い人は採らない。
資格がなくても、現場で何をやってきたかが見える人は採る。
シンプルにそれだけのことです。

つまり、資格は土俵に上がる入場券。
土俵で勝てるかどうかは、別の話です。


「武器」と思って取ると、なぜ50代で後悔するのか

20代・30代で資格を取った人は、もう少し違う使い方ができました。
資格を入り口に職場を変え、現場で経験を積む時間が、まだ残っていたからです。
チケットを使って入った場所で、何年か走れた。

50代で資格を取ろうとしている人、あるいは取ったばかりの人は、ここが変わります。
入った後で経験を積む時間が、20代ほどない。
入る前から「この資格はどう活きるか」を逆算しておかないと、入った後で時間切れになる。

私自身、独立してから痛感したのはここでした。
資格や知識を持っていても、それを使う場が手元にないと、何も生まれません。
チケットを買っただけで、入る場所を決めていなかった。

ここで多くの人が、もうひと押し間違えます。
「使い方が分からないのは、勉強が足りないからだ」と考えてしまう
だから次の講座を探す。次のコーチングに申し込む。次の自己投資をする。
取った資格を活かすために、また別のチケットを買い始める。

これが、50代の後悔をいちばん深くするルートです。


「払えば視座が手に入る」と信じてしまう構造

ここから少し、構造の話をします。
資格・講座・コーチング・有料コミュニティに何百万も使った人が、なぜ稼げるようにならないか。
答えはひとつで、知識を入れることと稼ぐことは、別の活動だからです。

SNSで「これで稼げる」と言われると、信じてしまう仕組みがあります。
やり方を知れば、自分も同じ結果が出ると思える。
でも、教える側は売るために「誰でもできる」と言うしかありません。
本当のところで、独自の視座や視点がないと結果は出ない、と内心では分かっている。
そこは口に出さない。

私は独立直後の数年、「知らないことだらけ」という不安から、講座や勉強会にずいぶんお金を使いました。
金額は出しませんが、家を一軒分くらいは溶けています。
当時の自分には、必要な部分もあったとは思います。
ただ、「払えば独立後の安心が買える」と思って払っていた部分は、効きませんでした。

入ってみないと、その講座が要るか要らないかは分かりません。
入ってからしか分からないものに、安心料を払っていた、と気づくのに時間がかかりました。

自分を売る、というのは、会社の商品を売るより難しい。
難しいと感じている時ほど、「いい学び方を取りに行けば、楽になるはずだ」と思いたくなる。
そこが落とし穴です。
楽になりたい気持ちに「学び」のラベルが貼られると、止めにくくなります。

雇う側で30年近く人を見てきて、はっきり言えることがひとつあります。
外部サービスに、いくら払っても、視座は買えません
視座は、自分の経験のうえにしか積み上がらない。
払って手に入るのは知識の整理であって、視座そのものではない。
ここを混ぜると、お金がいくらあっても足りなくなります。


主従が逆になっている、という構造

ではどうするか、の前に、もうひと押しだけ構造を見ます。

資格・講座・コーチングに何百万使っても結果が出ない構造には、共通点があります。
手段が、いつのまにかゴールになっていること。

本当のゴールは別にあるはずです。
50代で資格を取ろうとしている人なら、たとえば、
– 役職定年のあと、どこで何の仕事をしているか
– 60歳以降、自分が動かなくても回る収入を持っているか
– 70代になっても呼ばれる人になっているか

ここが、本来のゴールです。
そこから逆算すれば、「何を取るか」よりも先に、「何の経験を積むべきか」が出てきます。
資格は、その経験を積むための活動の中に 入る場合だけ 取る。
ゴールから逆算したら入ってこない資格は、極端な話、時間の無駄です。

ところが多くの人は、ゴールの設定が抜けたまま、資格カタログから選び始めます。
食える資格、つぶしのきく資格、評判のいい資格。
カタログから入ると、必ず主従が逆転します。
資格取得が目的になり、その関連知識を後付けで積む構造になる。

これが、50代で資格 取得 後悔 にたどり着く構造の正体です。
資格を取ったこと自体が間違いだったのではなく、
「取る → 活かせる」と並べる順番にしてしまっていた こと、ここに後悔の根があります。
本当の順番は逆で、「ゴール → 必要な経験 → その中に資格」です。


越えるのは、もう一個チケットを買うことではない

私自身、独立後しばらく、ここから抜け出せませんでした。
講座に入る。学ぶ。やってみる。届かない。次の講座を探す。
このループを止めたのは、新しい資格でも新しい講座でもありませんでした。
外で一個、自分の商品が売れたこと
これだけです。

最初に大きめの仕事が決まったのは、たまたま名刺交換した経営者の方が、
私が名刺に書いていた一行を見て「まさにこれをうちでやりたい」と話が動いた、というだけの出来事でした。
派手な話ではありません。
ただ、一個売れると、自分が何を売れるか、何を売れないかが、ようやく見えました。
頭の中で組み立てていた「自分の商品像」が、外の市場に当ててみると、別の形をしていた、ということがそこで初めて分かりました。

順番が逆だったわけです。
売れるようになってから動くのではなく、
動いて、一個売れて、そこから売れるようになる

50代で資格を取ろうとしている人にも、取ったあとで活かし方に迷っている人にも、
同じことが当てはまります。
越え方は、もう一個チケットを買うことではありません。
今のチケットを持って、一回、場に出てみることです。


「動く場」に立ってみる、という具体

ここまで読んで、抽象的に聞こえる人もいると思います。
「動け」と言われても、何をどう動けばいいのか。
そこは具体に落とします。

50代が「払って解決」ではなく「動いて経験を積む」ルートに入るとき、いちばん摩擦が低いのは、
自分の経歴を、外の市場に置いてみることです。
今いる会社や、今の取引先の中だけで自分の価値を測っていると、
資格や肩書きの上下でしか自分を測れなくなります。
外で値段がついた瞬間、その上下の地図は使えなくなります

今の経験で動ける場が見えていないだけかもしれません。

ハイクラス転職の市場では、50代の経歴を持つ人材を、雇う側がどう値付けするか、エージェントが間に入って整理してくれます。
資格があるから値が上がる、ではありません。
雇う側に「この人を入れたら、何が動くか」が見えるか、で値がつく。
これは資格カタログでは絶対に見えない、市場の側の物差しです。

私が見ている範囲で、50代・年収1,000万円以上のレンジで、雇う側の物差しが具体的に見える場のひとつが、ランスタッド プロフェッショナル転職のような、ハイクラス特化のエージェントを使う方法です。
エージェントが間に入って、面談で経歴と希望を整理してくれます。
転職するかどうかは、その後で決めればいい。
「資格をどう活かすか」を一人で考えるより、自分の経歴に外の値がつくところを見てから決めるほうが、判断材料がはるかに増えます

転職することを決めてから動く場ではありません。
「自分の経験に、外でどんな値がつくのか」を見にいく場です。
ここを見てから、資格を取るか取らないか、を決めても、何ひとつ遅くありません。


まとめ:資格 取得 後悔 の出口は、もう一個資格を取ることではない

最後に、要点だけ短く戻します。

  • 資格は武器ではなく、チケット。雇う側から見れば、応募できる入場券でしかない
  • 「武器」と思って取ると、50代では時間切れになりやすい
  • 取ったあと「使い方が分からない」と感じて、また講座や有料コミュニティを買い足す構造が、後悔をいちばん深くする
  • 外部サービスにいくら払っても、視座は買えない。視座は自分の経験のうえにしか積み上がらない
  • 越え方は、もう一個チケットを買うことではない。今のチケットを持って、外の市場に一回出てみること
  • ゴールから逆算したときに「必要な経験」を積む活動の中に入ってくる資格だけ、取る価値がある

私自身、独立してから「資格より、外で一個売れた経験のほうが、何倍も自分を変えた」というのを実感としてもっています。
同じ位置にいる方の参考になれば、と思って書きました。

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